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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)42号 判決 1992年4月14日

原告

新井義助

右訴訟代理人弁護士

高橋祥介

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

青木正存

外四名

主文

一  被告は、別紙登記目録記載の各差押登記の各抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五五年七月二四日において、別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件物件」という。)を所有していた。

2  本件物件について、被告のため別紙登記目録記載の各差押登記(以下「本件差押登記」という。)がされている。

3  よって、原告は、被告に対し、本件物件の所有権に基づき、本件差押登記の各抹消登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1及び2の各事実は認める。

三  抗弁

1  原告は、昭和五五年七月二四日本件物件を株式会社三栄企画(以下「三栄企画」という。)に売り渡し、同月二五日受付をもって、その旨の所有権移転登記がされた。

2  仮に右契約が売買ではなかったとしても、原告は、同日三栄企画に対し、本件物件を同社の原告に対する四億円余の貸金債権の担保とする趣旨で、その所有権を同社に移転した。このような譲渡担保においては、担保物権の所有権は対外的に担保権者に移転するから、原告は、本件物件について所有権があることを被告に対抗できない。

3  仮に右契約が譲渡担保でもなかったとしても、原告と三栄企画とは、債権者から原告の債権を保全するため並びに三栄企画及び新豊殖産株式会社(旧商号新豊産業株式会社)が原告のために本件物件を担保として円滑に融資を受けること等を目的として、本件物件の所有権を原告から三栄企画に移転したものであって、本件物件は信託的に譲渡されたものであるというべきである。そうすると、対外的関係においては所有権は譲受人に帰属するもので、原告は、第三者に対し、三栄企画との内部関係において本件物件の所有権が原告に帰属しているとの主張をすることはできない。

4  仮に以上が理由がないとしても、原告と三栄企画とは合意のうえ、本件物件の所有権登記名義を三栄企画としておいたのであるから、民法九四条二項又はその類推適用により、その表示を信頼して法律上の利害関係を生じた第三者に、右登記名義の無効をもって対抗することができない。豊島税務署長は、昭和五七年一月二六日三栄企画の滞納国税について本件物件を差し押さえた(以下、この差押処分を「本件差押え」という。)ところ、その際、被告は、右登記名義が無効であることにつき善意であったから、原告は、被告に対抗できない。なお、次項で原告の主張するような内容の陳述書が東村山税務署長に提出されたことはあるが、同税務署長は、本件物件の所有権が、登記名義にかかわらず原告にあることを認識したものではない(同税務署長が、原告主張のように更正をしていないことは認めるが、それは単に調査を行わなかったことによるものである。)。仮に、その認識があったとしても、このような点についての善意悪意は、徴収の所轄庁である税務署長について判断するべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、その主張の所有権移転登記手続のされていることは認め、その余の事実は否認する。

2  抗弁2及び3の各事実は否認する。

3  抗弁4の事実中、原告と三栄企画が合意のうえ本件物件の所有権登記名義を三栄企画としていたこと及びその主張のとおり本件差押えのされたことは認めるが、徴税権の行使としての差押えには、民法九四条二項の適用ないし類推適用はないと解すべきである。仮にその適用があるとしても、原告は、昭和五六年二月東村山税務署長に対し、本件物件の登記名義が三栄企画に移転したことについて、それが真実の譲渡でないことを説明し、その了解を得ている(その結果同税務署長は、原告が本件物件の所有権移転に伴って発生すると考えられる譲渡所得について申告しなかったことについて、何ら更正処分を行わなかった。)。同税務署長の右認識の効果は、国に帰属するものであり、これをもって国が悪意であるとすることに妨げはない。したがって、被告は、本件物件の所有権が原告にあることについて悪意であったというべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求の原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二抗弁1の事実中、本件物件について昭和五五年七月二五日付けをもって三栄企画に同月二四日付け売買を原因とする所有権移転登記がされた事実は当事者間に争いがなく、右事実は、同日にそのような売買がされた事実を推認させるものである。しかしながら、原本の存在及び<書証番号略>及び<書証番号略>の原告本人の各供述記載、右各供述記載によって原本の存在及び<書証番号略>、官署作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正に作成された公文書と推定され、その余の部分については<書証番号略>のうち作成日付を除くその余の部分(原本の存在及びその成立に争いがない)によって成立の認められる<書証番号略>並びに弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立の認められる<書証番号略>によれば、右登記名義の移転は、原告が、暴力団関係者等から支払義務のない債務の弁済等を迫られるようになったことから、三栄企画の代表取締役であった金原稔の説得に応じて、右の追求を免れ、原告の財産を保全するために、登記名義のみを三栄企画に移転することとしたものであることが認められ、右事実によれば、所有権移転登記がされているからといって、抗弁1の売買の事実を認めることはできず、他に右事実を認めるべき証拠はない。

三抗弁2及び3の各事実については、本件物件の所有権登記名義の三栄企画への移転につき、譲渡担保であれ、信託的譲渡であれ、所有権の移転の合意がされたという事実を認めるべき証拠がない以上、これらの抗弁はいずれも認められない。

四1  抗弁4の事実中、原告と三栄企画が合意のうえ、本件物件の所有権登記名義を三栄企画としていたこと及び被告主張のとおり本件差押えのされたことは、当事者間に争いがない。そして、仮装の登記名義による外観を作出することを合意したものは、民法九四条二項の類推により、その外観を信じて取引関係に入った第三者に対し、その仮装であることを対抗できないものであり、その第三者には、徴税権の行使として差押えをする国も含まれるものと解される。しかしながら、被告が本件差押えの際に右所有権移転登記が仮装のものであると知らなかったことを認めるべき証拠はない。かえって、<書証番号略>の原告本人の各供述記載並びに<書証番号略>の各証拠に加え、原告を管轄する東村山税務署長が本件物件の原告から三栄企画への所有権移転登記の存在にかかわらず、それが真実の所有権移転であれば当然発生すると考えられる譲渡所得につき、その申告をしていない原告に対し、更正処分をしていないこと(このことは、当事者間に争いがない。)を総合すると、被告は、本件差押えの際、本件物件の所有権登記名義の三栄企画への移転が仮装のものであることを知っていたものと認められる。

2  被告は、そのような認識の有無は、本件の場合徴税に当たった豊島税務署長において判断されるべきであると主張する。たしかに、被告の行政権を行使する職員は膨大な人数に及ぶし、担当する業務も多様であるから、被告のある特定の職員ないしその所属する官署がある行政権能を行使するについて得た知見が、あまねく被告の他の官署やその職員に共有されることを期待するのは困難であろう。しかし、国民にとって、ある行政権能を行使する職員ないしその所属する官署は、管轄する特定の官署ないしその代表者としての職員という地位ばかりではなく、一般的な被告の職員ないし官署としても意識されるのが通常であると考えられるのであり、国民が被告の承知しておいて貰いたいと考える事項について少なくとも一つの官署において認識して貰えたことが分かれば、その官署のみならず、他の類似の被告の官署においても、そのような認識に基づく行政権の行使がされるものと期待することは不合理であるとはいえない。本件においては、前認定のように東村山税務署長において、本件所有権移転登記が仮装のものであることを認識していたと認められる以上、被告は、右事実について悪意であり、民法九四条二項の類推による法的効果を原告に対抗することはできないというべきである(もっとも、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正に作成された公文書と推定すべき<書証番号略>の工藤清秋の供述記載によれば、同人は、豊島税務署の担当者として本件差押えをする以前に、原告に事実関係について聴取し、原告は本件物件の登記名義の移転が仮装のものであると主張している事実を承知したことが認められる。同項の類推をするについて仮装の外観を作出したものに対抗することのできない悪意とは、そのような事実主張があると認識すれば足りるものであって、その主張が真実そうであると信じることまで必要であるとは解されないから、これによれば、同税務署長においても、その点の認識があったと認めることができるのである)。ほかに、被告が本件差押えの際に本件物件の所有権移転登記が仮装のものであることを知らなかったと認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、抗弁4も理由がないこととなる。

五結語

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官長屋文裕 裁判官石原直樹は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官中込秀樹)

別紙登記目録

一 別紙物件目録記載の各不動産についての東京法務局田無出張所昭和五七年一一月二七日受付第五四一〇七号の差押登記

別紙物件目録

一 東京都小平市回田町五八番二〇

宅地 92.94平方メートル

一 同所六四番二〇

宅地 120.48平方メートル

一 同所五八番地三所在

家屋番号五八番三の一

木造セメント瓦葺平家建居宅

床面積 55.08平方メートル

一 同所六四番地三所在

家屋番号六四番三の一

木造セメント瓦葺平屋建居宅

床面積 59.53平方メートル

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